FUKUSHIMA PROJECT

(11th Mar, 2020 - 11th Mar, 2021: ongoing)

Concept

福島原発事故から 2021 年で 10 年を数える。そして、私が琉球大学に席を置く最後の年となる(博士研究員)。

在籍する大瀧研究室は、原発事故後 2 ヶ月からフクシマプロジェクトを立ち上げ、

2012 年 8 月に発表の論文 で世界的に知られるようになる*。

原発事故がもたらす生物学的影響について、ヤマトシジミ(鱗翅目シジミチョウ科)を用いての研究である。

私がフクシマプロジェクトに参加して約 6 年。

何千匹を飼育しても見飽きることはない。

英語名(pale grass blue butterfly)にふさわしく、見え隠れする翅表の淡青色に目を奪われる。

本作品では、大瀧研究室で過ごす最後の1年間を、2020 年 3 月 11 日から 2021 年 3 月 11 日まで日記形式で記録する。

プロジェクトの発足から現在までご支援いただく全国の方々に、

研究の志を僅かでもお伝えし、原発事故から 10 年目を共に迎えられるとしたら嬉しい。

*

下にスクロールするほど日付が古くなります。

2021/3/3:ヤマトシジミ(成虫)の胸部から抽出されたDNAサンプル。2011 年に福島県本宮市で採集されたチョウは、姿形を変え、冷凍庫に眠っている。事故当時のサンプルの貴重さは、数行では書き表せない。現在、数十世代を用いての遺伝子レベルの研究も進んでいる。

2021/2/28:先日出版されたばかりの新しい論文では、初めて幼虫の「食草」を主題に議論する。幼虫の断面を見ると、びっしりエサが詰まっている。カタバミしか食べない単食性であり、この植物への依存度は大きい。放射能汚染環境下に暮らしているのは、ヤマトシジミだけではない。カタバミや蜜源(エサ)、クモやカエル(捕食者)、アリ(共生者)、ハチやハエ(寄生者)等、生態系を想像しなければ、フクシマは見えてこない。

2021/2/22:ヤマトシジミの食草であるカタバミの、実。その形態から、カタバミは、沖縄の方言で バサナイグヮー(小さなバナナ)。指で触れると種子が勢いよくはじけることから、メーハジチャー(実が爆ぜる)とも呼ばれる。飛距離は 1 m を超える。全国的には 180 以上の方言が記録されており、驚くほど沢山の名前を持っている。

2021/2/18:放射能濃度測定のため、自然放射線の遮蔽に使用されていたのは、何と薬莢(やっきょう)。昭和の終わりから平成にかけて、製鉄所にスクラップとして入ってきたものだと言う。すぐそこに基地がある。

2021/2/14:昨晩、福島県沖で最大震度 6 強の地震発生。2011 年、桜が散るまで撮影して過ごしたのを覚えている。昨日今日明日、1枚 2 枚 3 枚と数えていると、不安が和らぐ。沖縄の 2 月はカンヒザクラの季節。

2021/2/12:プロジェクト立ち上げメンバーのひとりで、研究室に残る唯一の先輩。共に数百個体のチョウを追いかけ、数個体の越冬幼虫を探し、数万枚の食草を集めた仲間でもある。彼に頼り、学び、今日の私はある。お菓子も焼いてくれる。

2021/2/9:放射線を可視化する方法はいくつかあるが、イメージングプレートもそのひとつ。写真は、私の手のひらの上に 5 分間で照射された自然放射線の痕跡。宇宙や地球内部から飛来してくることを思うと、つい見入ってしまう。目に見えない存在はいつも、想像以上に大きい。

2021/2/1:沖縄に繁茂するタチアワユキセンダングサ。人間にとっては一利一害の植物だが、勝手な私見では、ヤマトシジミはこの花蜜が特にお好みな気がする。この時期、ヤマトシジミに限らず昆虫類は少なく、花周りは静かになる。

2021/1/27:同じ日に同じ父母から生まれ、同じ容器内で同じエサを食べて育っても、あるものは速く小さく、あるものはゆっくり大きく成長する。あるものはオスに、あるものはメスになる。あるものは奇形を持ち、あるものは持たない。あるものは早死にし、あるものは生きながらえる。

2021/1/20:本日より沖縄県独自の緊急事態宣言が発令されたが、大学生活に変化はなく、これまで通り。カタバミの葉部の重さを 0.000 mg 単位で測定する。

2021/1/15:6 年前に荷物置き場を実験室に改造してくれたのは、支援者のひとり。水をはった水槽の内側に鉛ブロックを並べ、その先に放射線源が配置してある。実験者の安全のため、水槽の外側は自然放射線と同等量まで遮蔽されている。現在は使われていないが、2015 - 2019 年にかけて 2 度の外部照射実験が行われている。

2021/1/10:沖縄で最も寒いのは 1 月。それでも、日中は 15 度を超え、足元にはタンポポ。寒空に吐く白い息が恋しい。写真は、この時期にピンクの花をつけるムラサキカタバミ。日本に自生するカタバミ属 6 種のうちの 1 つで、江戸時代に渡来した外来種。葉はカタバミに類似するが(10/2 参照)、ヤマトシジミの食草にはならない。

2021/1/5:羽化はまさに命がけのイベントであり、そのタイミングは複数のホルモンによって繊細に制御されている。正常な飼育環境下でも蛹(さなぎ)のままや羽化の途中で死亡する個体は見られるが、被曝下ではさらに増える。写真は、2011 年の福島県福島市の蛹死個体。被曝影響は形態的な奇形に分かりやすく現れる一方で、ホルモン等、生理機能のバランスを乱す可能性もある。羽ばたくことなく一生を終えたチョウ、その声に耳を傾ける。

2020/12/30:白地に黒斑点というシンプルな翅模様は、異常の判断が容易であり、ヤマトシジミが研究に好適な理由のひとつ。とは言え、個体差は存在し、異常との区別が難しい場合もある。そんな時は、複数人での確認が必要となるが、意見が割れることはほとんどない。

2020/12/23:10 月から新しく研究室に配属された 3 年生 3 人のうち 2 人がフクシマプロジェクトに携わる。彼もその 一人。事故当時は小学生。これから始まる卒業研究の間、同郷のヤマトシジミを手に取りながら、どんな風に 10 年の歳月を遡っていくのだろう?

2020/12/18:モミジやイチョウは沖縄にはないが、紅葉は見られる。晴れた日に校内を歩くと、ナンキンハゼが空に映える。

2020/12/11:放射線業務従事者には、半年に一度の健康診断が義務付けられている。身長体重胸囲測定、視力検査、聴力検査、血圧測定、診察、心電図、血液検査、尿検査。問診票上の単語に一瞬背筋が冷たくなる。フクシマが日常化し緩みがちな気を引き締め直す。

2020/12/7:汚染地域にて採集したヤマトシジミのメスから子世代を得、遺伝的影響を見る飼育実験。2011 - 2013 年の 3 年間で 10,000 個体以上を飼育し、写真はその標本のほんの一部。毎日のエサの確保や成長過程の記録、形態異常の評価など、その作業量を想像するだけで、目が回り息が切れる。実験者である先輩は、今もチョウを追いかける仕事に就いている。

2020/11/30:ヤマトシジミの唯一のエサであるカタバミは、人間にとっては厄介な雑草ともなる。その採取は草刈り作業とイタチごっことなるが、最近は負けが続く。夕方、後輩と 2 人、校内の群生ポイントを見て回る。

2020/11/24:ヤマトシジミの幼虫は、遠目にはゴロンとして愛らしいが、実はこんな顔をしている。つり上がった眼のように見えるのは触角で、中央には突起がある。その両外脇にある粒々の一つ一つが眼(単眼)で、明るさを感知していると考えられる。成虫時には、小さな眼(個眼)が集まった複眼と呼ばれる視覚構造を形成する。スケール:1.00 mm。

2020/11/20:詳細は伏せるが、現在、エサの毒性実験が進行中。カタバミの生葉に代わり人工的に調合したエサに、様々な化合物を添加し、成長の動態を観察する。

2020/11/17:飼育実験中の生活は、ヤマトシジミ時間で回っていく。授業、教育実習、卒業論文、就職活動、受験勉強、アルバイト、インターンシップ、学生達は各々に忙しいが、その合間を縫って、糞の掃除とエサの交換を行う。

2020/11/13:趣味も兼ねて、ヤマトシジミを展翅する。通学路で捕まえたもの、卒業する先輩にねだったもの、飼育実験の余りで後輩から譲り受けたもの、ある日玄関や浴室に入り込んできたもの、野外調査から持ち帰ったもの ……。

2020/11/6:顕微鏡を使い、ヤマトシジミの形態異常部位を詳細に観察する。パソコンに映るのは、原発から約 20 km 南に位置する福島県広野町の個体(右前翅)。2011 年の野外採集個体を親世代として子世代を飼育すると、99.33 % が致死もしくは形態異常に至る(未被曝環境下)。「何かが起こっている」

2020/11/1:戦前の沖縄には、房指輪と呼ばれる指輪を身に付け、結婚式の翌日に花嫁が里帰りする風習があったという。7 つの吉祥文様には各々意味があり、右から 2 番目のチョウは「天国からの使い」。( 2006 年 新垣和子氏により復元制作:琉球大学風樹館所蔵 )

2020/10/28:先輩の命日に、彼女の研究ノートを開く。1日1日が疾風のように紙面を吹き抜ける。彼女のと比べると、私の毎日はそよ風のようなものだな、と思う。

2020/10/22:福島からヤマトシジミが 到着。30 個体中、メスは僅かに 3 個体。同等数存在するが、オスがアプローチをかける習性のため飛翔行動が活発で、野外では採集者の目に留まりやすい。形態異常率等を算出し、地面線量率と合わせて、現在の記録とする。事故から 9 年半の間に、こうして支援者の方々から届けられた小箱は、数えきれない。

2020/10/13:6 年前のヤマトシジミの標本からDNAを抽出し、特定の配列のみ増幅する。2 本鎖と結合しUV下で発光する試薬を入れると、DNAが可視化される。縦列がサンプル数で、横に同じ高さで光っていることから、全 10 サンプルについて、同様の配列が十分な量で得られていることが分かる。

2020/10/6:息せき切って実験室のドアを開けると、真昼の明るさと静けさの中に後輩がひとり。フクシマプロジェクトに携わって 3 年目の彼女も来春で卒業する。

2020/10/2:ヤマトシジミは、卵、1 - 4 齢幼虫、前蛹(ぜんよう)、蛹、成虫と変態する。幼虫期はカタバミしか食べない単食性で、孵化してすぐの 1 齢幼虫の食痕には薄皮が残る。人間もまた古くからカタバミと関わり、漢方薬(皮膚病など)や 仏具を磨く他、五大家紋のひとつでもある。「酢漿」の表記で、枕草子にも登場する。

2020/9/28:大学の RI 施設では、被曝限度が 20 mSv/year と定められ、飲食は禁止、半年に一度の健康診断も義務付けられている。福島に帰れば、同じ線量で「普通の」生活が保障される。法律に守られることで、フクシマが特別な土地であることを実感する。

2020/9/25:チョウの翅の長さや成長速度、そして、幼虫 1 個体が  1 日当たりに摂食する食草の領域やその栄養成分に至るまで、生命現象は断片的にデータ化され、エクセル上には数字が整然と並ぶ。

2020/9/17:放射線業務従事者は、個人線量計の装着が必須である。事故後、地元の小学生がランドセルにぶら下げていたのと同じもので、時々その姿が脳裏を駆けていく。

2020/9/7:立て続けの台風の猛威は、校内のあちらこちらで見られる。2 月に色の違う花をつけるこのカンヒザクラを、密かに見守ってきた人は少なくないだろう。

2020/9/3:ヤマトシジミの卵を 200 倍に拡大すると、表面にレース模様が現れる。顕微鏡の前に座り、ホワイトバランス、倍率、光量、ピントをひとつずつ調整すると、別世界が開けていく。

2020/8/27:この季節、野外では緑が繁茂し、ヤマトシジミの個体数も増える。カタバミの葉裏に、直径 1 mm に満たない卵を産み付ける。緊急事態下でも、足元にはいつもの夏の風景がある。

2020/8/25:ゲルマニウム半導体検出器によるガンマ線測定が継続中。662 keV にセシウム137 のピークがある。福島(現地採取のカタバミ)から直に発信されるこの情報が、研究の開始点となる。

2020/8/20:ゲルマニウム半導体検出器の稼働を維持するため、液体窒素(-196 ℃)を補給する。放射能濃度の測定には、力仕事も多い。

2020/8/16:幼虫の体表にはどれだけの土壌が付着するのか、の実験。1 個体ずつ土壌の上でコロコロと転がす。こういう時、不思議とこの小さな生き物と親密になれる気がする。

2020/8/13:ゲルマニウム半導体検出器。約 11 kg の鉛ブロックを 8 つ、人差し指にかけて移動し、サンプルを中央に設置する。私のように小柄でも、コツが分かれば、何でもない。

2020/8/6:先月の調査で採取したカタバミ(ヤマトシジミの食草)の放射能濃度を測定するため、サンプルを作成する。乾燥後、粉砕し、円柱形の測定用容器に詰める。

2020/8/1:今日から15日まで、沖縄県独自の緊急事態宣言が発令。大学でも初の感染者が判明し、現在は大学院生以上のみ入校が可能。時間に追われながら、翅長測定をこなしていく。

2020/7/30:飼育実験では、個体番号を付け、採卵日、蛹化日、羽化日、雌雄、形態異常、死亡日、翅長を記録する。去年の乾燥標本から、翅長を測定する(乾燥による収縮はない)。体サイズの評価として用いられるが、ヤマトシジミは、翅を広げても 30 mm に満たない。

2020/7/27:ヤマトシジミの採卵風景。宿主植物であるカタバミを植え込んだポットと、吸蜜用のアメリカハマグルマを水槽にセットし、メスを数個体放つ。帰り際に実験室の電気を消すと、印象的に浮かび上がる。

2020/7/24:コロナ渦の休日で静まり返った校内に、米軍機が轟く。何故か今朝はよく飛ぶ。

2020/7/20:4 年生の卒業研究として標本の見直しが進行中。ヤマトシジミは 1 世代が 1 ヶ月で回るため、現在は事故から数えて約 47 - 48 世代目を迎える。写真は、翅が曲折した2011年の個体。

2020/7/14:調査最終日、茨城県東海村にある原子力科学館の見学。ここには、世界最大級の霧箱がある。この目で放射線が見えたなら、私達は変われるのだろうか? 

2020/7/11:浪江町。未だ 3.50 μSv/h(地面)以上ある里山にベニシジミが飛び交う。沖縄は分布域から外れるが、福島ではよく出くわす。その可愛らしさで、束の間、調査メンバー全員の視線を奪っていく。

2020/7/10:レンタカーの車窓から汚染地の日常がのしかかる。

2020/7/9:野外調査のため福島県入り。長雨の匂いに紫陽花の濃紫、故郷の感覚が少しずつ戻ってくる。

2020/7/1:今日から研究のための入校制限許可が全学年対象となる。校内は未だ閑散とし、分析器の規則的な械音だけが聞こえてくる。写真は、DNAの濃度測定用チューブ。

2020/6/26:先輩から後輩へ。こうして研究は次の段階へと託され、プロジェクトは続いていく。

2020/6/23:慰霊の日。「 香れよ香れ  月桃の花  永久に咲く身の  花心  変わらぬ命  変わらぬ心  ふるさとの夏 」(月桃:作詞作曲 海勢頭豊) 

2020/6/12:去年より 28 日も早い梅雨明け。依然として大学は「レベル 2 」で入校制限中。

2020/6/8:通常は週に一度のラボミーティング。初回の今日はリモート開催となり、数ヶ月ぶりに全員が揃う。

2020/6/3:今年のヤマトシジミはまだ野外に少ない。代わりに乱舞するのは、ソテツを食草とするクロマダラソテツシジミ。分布域を北上させるものの、東北地方では見られない。ヤマトシジミに類似するが、慣れれば見間違うことはない。

2020/5/29:実験室では、フクシマプロジェクト以外でもチョウの飼育が行われている。ヤマトシジミに先立ち 採卵が始まっているのはシロオビアゲハ。トカラ列島以南に生息するチョウで、沖縄で は珍しくない。シジミチョウとは異なる存在感につい足が止まる。

2020/5/22:昨日より博士後期課程以上の入校が条件付きで許可。この時期、大学周辺は霧に包まれる。

2020/5/2:自宅学習が続く。数字を整理し、検定をかけ、グラフに起こし、結果を眺め、想像する。パソコンに対座し、これを繰り返す。

2020/4/23:明後日より大学封鎖の通達。できる限りのデータを持ち帰るため、放射能汚染土壌の重量測定を急ぐ。

2020/4/21:新学期から梅雨入りまでは、飼育を始めるのに絶好の時期。今年はまだ空っぽの飼育棚。

2020/4/17:人気のない校内。いつもなら一掃されてしまうものが居残る。

2020/4/10:ふと、去年の今日を思い出す。2019 年 4 月 10 日、宮城県利府町にてヤマトシジミの越冬態を探索。翌 11 日、桜の蕾が開き始める中、降雪。

2020/4/9:暦上は今日より 2020 年度開始。新型コロナウィルス感染防止のため自宅学習が促されており、新学期はひっそりと幕を開ける。ポスドク 2 名、修士 2 名、4 年次 4 名、8 名全員が顔を合わせることはなく、新しい出欠表には「帰宅」が多い。

2020/3/24:卒業式は中止となり、関係者のみの卒業証書授与式。私を含め卒業生 4 名のうち 2 名は、フクシマプロジェクトで修了。

2020/3/23 :捕食者、共生者、寄生者、エサとなる草花。あらゆる生物も生態系と呼ばれる連続性の中で暮らしている。ヤマトシジミのエサへの検証は始まったばかり。写真は、幼虫期の食草であるカタバミの凍結試料。

2020/3/11:沖縄では 3 月に咲くメイ( 5 月 )フラワー。何万年も昔から私達は花を手向けてきたのだという。https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/8124/

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